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恩師を訪ねて『恩師知新』Vol.3 ―吉野傳一先生―

かつて様々なことを教わった恩師を訪ね、当時の思い出や現在のご様子をお聞きする「恩師知新」。
第3回は体育科教諭で、なんと勤続48年目という吉野傳一先生にお話をお伺いしました!
(聞き手: 2014年卒業 中野慶太、2015年卒業 竹森未紗)

先生はどうして関倉へ?

高校生の時に先生になりたいと思っており、体育の先生を見て、その先生のようになりたいと思いました。ただ、当時体育大学はまだ少なかったので、その中で体育の先生を目指すなら日本体育大学しかない! と思い日本体育大学を受験・進学しました。
進学後はソフトボールのウィンドミル投法を本格的に研究していたんですが、教授から「吉野くんここどうだ?」と紹介されたのが関倉でした。当時の募集条件に「剣道ができる人」「ソフトボールのウィンドミル投法ができる人」ってあって、もうドンピシャだったんですよ。
ただ全く関倉のことを知らなかったので試験前に調べたら、大阪の男子校って出てきて「男子校!? 嫌やな〜」とちょっとだけ思いましたね(笑)
まさかそのあと48年間も働くとは思いませんでした。

ソフトボール部の顧問をされていましたが、昔からソフトボールを?

いや、ソフトボールは高校3年からなんです。中学高校はバスケットボール部でね。
中学の時はバスケ部なのに砲丸投げやったら全国大会まで行ったりとか、高校の時は陸上部も含めて誰よりも足が速かったりとか、自慢じゃないけど昔から運動神経はすごかったんですよ。
高校3年の時に先輩が教育実習で来たのですが、僕を一目見て「うちのソフトボール部入れよ」ってスカウトしてきて。それがソフトボール、そして当時まだマイナーだったウィンドミル投法との出会いでしたね。
あの出会いがきっかけで、日本体育大学在学中は大学大会に4年間出場・優勝という経験ができましたし、その後もソフトボール部の顧問や高校体育連盟理事、大阪ソフトボール協会理事、日本協会役員など様々な経験をさせていただいて本当にありがたいです。

保健主事もされていましたが、印象に残っていることはありますか?

僕が保健主事になったのは、関倉で新型インフルエンザが大流行した翌年だったんですね。
だからと思いますが、保健主事になってすぐ、当時校長だった尾崎正敏先生に「今、日本中から関倉が注目されています。福利厚生のひとつとして、教職員の希望者全員にインフルエンザの予防接種をさせましょう」と提案したことをよく覚えています。予防接種していれば感染が予防できて生徒にうつしてしまうリスクを減らせるし、罹っても重症化しにくい。提案が通り今でもシーズンになると行われていますが、生徒も教職員も守ることができますから提案してよかったと思います。
あとは非常食の備蓄も提案しましたね。阪神淡路大震災や新潟中越地震を見て、行政の救援が来るにはやはり2、3日は時間がかかるから、通っている生徒たちをそれまでのあいだ守るために非常食などを置いておく必要があると痛感しました。アレルギーがある生徒もいますから業者の方にアレルギー対応の非常食も作ってほしいとお願いしたら、その後全国の学校にも広がりを見せていると業者さんから教えていただき、やはりこれからの時代には必要なことだと思いましたね。

教え子たちのことで印象に残っているエピソードはありますか?

以前サイカスにも書きましたが、赴任当初、高木美喜次専務理事に理事長室に呼ばれて現0号棟の横にある池を掃除してもらえないかと頼まれ、ソフトボール部の生徒達と清掃したことが強烈に印象に残っています。あの頃はまだ男子校でしたから、みんな制服を脱いで下着だけになって、バケツを持ってわいわい言いながら池のゴミを掻き出していました。僕も若かったですからね、どっちが生徒かわからないなぁなんて言っていましたよ。
また、現在校長をされている松村健司先生とともに立命館大学教学提携コースの担任をしたこともよい思い出です。このコースに入れば立命館大学に入学できると楽観的に考えていた生徒に、時に厳しく「勉強しなさい」と指導をしていたので、生徒たちはすごく嫌がっていたんじゃないかと当時思っていました。でも自分たちに向き合ってしっかり指導してくれてよかったと卒業後言ってくれて、とても嬉しかったです。
あとは、かつて教えた生徒たちが今でも会いに来てくれたり、懇親会をしてくれるのが本当に嬉しいです。48年前に教えた生徒たちが今でも毎年懇親会を開いてくれたり、海外に住んでいる教え子がぜひ遊びに来てくださいと誘ってくれるんですね。
そういう繋がり全てが印象深い思い出というか、ありがたいなぁと感謝しています。

最後に、教え子たちに一言お願いします。

「挨拶をしっかりすること」と、「状況把握できるように目を開くこと」を心がけてほしいなと思います。
2つともずっと僕が教師として心がけていたことです。挨拶しない人より、大きく手を振って声をしっかり出して挨拶している人の方が、自然に人が集まってくるでしょう?
目を開くというのは、状況把握能力を高めて、今自分が何をしなければいけないか、どんな準備をしなければいけないかをしっかり目を開いて考えることですね。例えばインフルエンザの予防接種を提案したことも、関倉での新型インフルエンザの流行を目の当たりにしたときにしっかりと状況を見て、次のシーズンに備えて必要なことは何か考えたから提案できた。そんな風に、周りの人のことを考えて行動できる人になってほしいなと思います。
あぁあと、大阪とか神戸とか、意外と観光に行ったことがないから退職後に行くべきおすすめスポットを教えてほしいですね!

吉野先生は2026年3月を以て、関西大倉を退職されます。
48年間、本当にありがとうございました!

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